国会リポート 第441号

甘利明本人が綴る、毎月2回のコラムです。国政で今何が起きているのか解りやすく解説しています。
※本記事の無断転載を固くお断り申し上げます。

総 覧

 今年を俯瞰しつつ来年を見通すと、いくつかの深刻な課題が見えてきます。まず1つは日本を取り巻く安全保障環境の激変です。「台湾海峡有事は、起こるか起こらないかではなく、いつ起こるかの問題だ」アメリカの安全保障関係者が異口同音に口にする言葉です。アメリカは既に官民共に台湾海峡有事に際してのシミュレーションを行っています。政府はもとより民間企業も、いわゆるBCP(ビジネス・コンティニュイティ・プラン)の策定つまり、台湾海峡有事の際に、その企業が存続していくためにどういう備えが必要かと言うシミュレーションです。日本は 世界の3大リスク(北朝鮮、中国、ロシア)にどの国より目の前で直面しているのにも拘らず1番危機感が足りない、と言うのがアメリカの日本に対する危惧です。

アメリカは官民共に、そして日本でも民間シンクタンク主催では台湾海峡有事のシミュレーション(所謂ウォーゲーム)が行われています。危機管理とは最悪を想定してシミュレーションを行うことにより犠牲を最小限に抑えることです。最悪が起きなかった時には「何でそこまでする必要があったのか」と非難されるものでなく「そうならなくて良かった」というものです。備えて事態が起きなかったことの方が、備えが至らず大惨事になるより遥かにいいからです。日本でも政府関係者が入ったシミュレーションゲームをすべきです。

 ロシアのウクライナ侵略で戦術核の使用も辞さずと言うプーチン大統領のブラフは、国連安保理の常任理事国体制が当初の理念に沿ったものでないということを露呈させました。核保有国は世界の戦争抑止力として核保有が認められているというバックグラウンドが崩壊した訳です。核は5つの常任理事国のみが占有し、世界を巻き込む戦争の抑止力になる、だから他の国は核を持たないで、核保有国の抑止力に委ねよと言う大前提を自ら崩壊させてしまった。つまり自ら核を保有していない国は安心ができないことを世界に示したわけです。北朝鮮の核保有に正当性を与えてしまう危険性があります。

 今後、台湾を併合しようとする習近平主席の中国、そして核開発を続け、ICBMも完成しつつある北朝鮮、そして件のロシア。この3つの危機に目の前で対峙している世界で1番リスキーな国が日本であるという事実に政治は向かい合わねばなりません。

 ミサイルが飛び交わずとも、台湾海峡封鎖にでもなれば最大の問題は半導体供給が止まるという事です。TSMCはロジック半導体、つまり人間で言えば脳の機能の半導体生産の世界の9割を占めています。それ以外の半導体も含め、台湾海峡が封鎖されるようなことになれば、世界に対する各種半導体の6割、7割が止まってしまいます。半導体はデジタル社会の最重要機能部品です。供給が止まれば全ての社会機能が止まりかねません。TSMCを九州熊本に誘致しマイクロンは広島で最新のメモリー半導体生産に、そしてIBMとの技術移転契約を結んだロジック半導体製造の戦略会社ラピダスは2ナノロジック半導体への日米戦略の象徴です。

 先般、半導体に関する世界最大級の国際イベント「SEMICOMジャパン」でオープニングのキーノート、パネルディスカッションのパネラーを務めました。理化学研究所の五神理事長(前東大総長)、ラピダスの小池社長、新設なる半導体技術研究組合の東理事長(元東京エレクトロン会長)そしてIBMの上級副社長の5人で1時間半近くの議論です。大好評でした。

 政治の基本は「国民の声に耳を傾けること」です。ただ絶対に間違ってはいけないのは「問題の本質を捉えるために」であって「アンケートを取るために」ではないという点です。国民の要望をAIで収集分析をして実行するのが真の民主主義、なる漫画を見た事がありますが、政治は後世歴史を振り返った時に、国民から評価される事が重要です。AIとIT技術を使えば現下の国民の声を1人残らず収集し解析をする事は簡単です。その結果に従い実行すれば間違っても「あなた方の言う通り実行しただけですから」で済んでしまいます。

 「代議員制」とは国民から託されて、例え国民の反対が多い政策でも本当に必要なら懸命に国民を説得するべき、というべき制度なのです。選挙しか考えていない政治家か、国の未来を考えている政治家か、最終判断は国民の側にあります。国民のレベル以上の政治は出来ない、と言われる所以です。しかし日本国民は皆賢明な方々です。「あらまほしき未来を語り、その実現のためなら誤解を恐れず汗をかき、理解を求める」そんな政治家が増えればきっと日本の未来は輝かしいものになります。