国会リポート 第336号

甘利明本人が綴る、毎月2回のコラムです。国政で今何が起きているのか解りやすく解説しています。

総 覧

 「先程、日EU EPAが大臣間で合意に至りました。明日、首脳間でサインをすれば大枠合意となります。」

 夜9時半前に岸田外務大臣から私の携帯に連絡が入りました。律儀に顔を立てるのが彼らしい配慮です。合意内容は、発表された通りTPPの合意内容をほぼ踏襲しています。悲願であった自動車の10%の関税の撤廃は7年で段階的に減じ、8年目からは0になります。自動車部品の関税も9割以上は、即時撤廃され、TPP以上の成果となりました。TPPの時もそうでしたが、落し穴があるのは原産地規則です。つまり、完成品の何割まで協定参加国内で付加価値が造られているかの比率です。TPPでは完成品の付加価値の55%までが域内で造られなければ関税削減の対象となりませんが日EUでは60%までが域内生産であることと、より厳しい条件が付いています。

 しかし、拡張累積という仕組みがこのEPAには付加されています。これは、日本とEUが共にEPAを交わしている国での累積もカウントするという事ですから、将来、メキシコやベトナム産の部品の付加価値もカウントされ得るという事です。この部分は、要交渉となっているようですから今後、確定をさせなければなりません。

 心配していたのは、チーズです。TPPでは、ハード系チーズは段階的に関税をゼロにしていくが、ソフト系チーズはモッツァレラやカマンベールは関税を残し、それ以外は、段階的に関税を削減していくとしました。今回は、ソフト内を区分けする事なく現在の輸入数量を基準として一定の数量枠を設けその部分だけ時間をかけて関税をなくしていくというやり方です。方式が違うのでTPPより譲った譲らないの比較にはなりません。牛豚肉をはじめとするその他の品目は、TPPと横並びですのでほぼ、TPPの内数で全体はセットされたという評価です。しかし、日EU EPAの意義はもっと大きいものがあります。トランプ大統領誕生以来、自由貿易が格差拡大の犯人とされ保護主義が台頭していますがこの風潮を打破する重大なニュースになるからです。TPP11の背中を押し、RCEPのレベルを引き上げ、アメリカに良い意味での焦燥感を与えるからです。更に、それらの根幹となるTPPの合意案は、関税の撤廃・削減もさることながら市場アクセスや投資のルールを透明化・公正化する大きな意義があります。

 アジア全体には向こう10年、15年でLNG市場は3倍になり、民間航空機の需要は1万5千機に昇り、インフラ需要は26.2兆ドル(2900兆円)に上ります。

 これを、域内に開かれた公正で透明で予見可能性の高いものにしていく必要があります。その為の物差しがTPPなのです。習近平主席の一帯一路政策は、アジア・中東・アフリカ地域の近代化と経済活性化の大きな期待をかけられていますが、そうであればある程、関係国に透明で開かれたルールが施行されなければなりません。AIIBが高利のお金でインフラ整備資金を途上国に貸付け、仕事は中国企業が受注し、労働者は中国から投入し、当事国に何の雇用も産まず整備費の借金で身動きがとれなくなった見返りに施設を接収するというようなやり方が実行されれば帝国主義の延伸の非難は免れません。開かれた開発をしていく為にTPPの公正なルールの施行は必須なのです。中国には国際社会を担わねばならない大国になりつつあるという自覚と矜持を是非持って頂きたいものです。

今週の出来事「瞬間移動!?」

度重なる癌との闘病の末、与謝野馨元通産大臣が亡くなりました。政界きっての政策通と云われ、私は商工族の後輩として随分お世話になりました。

ある時、与謝野先生と東大総長で後に文部大臣になった物理学者の有馬朗人氏とが物理学上の理論(?)でA点からB点まで時間的概念がなく移動する現象云々の事を話していました。

私が横から「あぁ、ありますよ。酔っ払って気が付いたら自宅のベッドに寝てたってやつでしょ。」

有馬先生は爆笑していましたが、与謝野先生はムッとしたまま。

あれでユーモア感覚がもっとあれば総理になれたのにね。

ん?あり過ぎるとろくな奴にならない?(笑)