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フランスの経済学者トマ・ピケティ氏が著書「21世紀の資本」の中で格差問題を提起しています。資本主義がそれ自体格差を拡大するものであり、資産に累進課税をかけて再分配をすべきという論です。スティグリッツ氏やクルーグマン氏などが評価する一方、ハーバード大学のマンキュー教授等は懐疑的な見解を述べています。
資本は累積しても効率はそれほど落ちないという主張であり、資本の中に土地等、資産も読み込んでいるようです。野党は我が意を得たりとばかりにピケティ氏を引用してアベノミクスを誤った政策と糾弾をしていますが、そもそもピケティ氏の共同研究者が日本での課題はむしろ経済成長をすべきだということだと指摘しているように、日本の課題はデフレを脱却し軽度の物価上昇を伴う成長路線へと導いていくことなのです。
「アベノミクスはいわゆるトリクルダウンではありません。」総理の答弁です。トリクルダウンとは資本主義市場経済の下にあっては、ヒエラルキーの頂点に立つ企業群が収益を上げていけば、自然発生的にその恩恵は従業員や下請け企業へとしたたり落ちて(トリクルダウン)いくというものです。しかしアベノミクスは政府が能動的に関与することにより企業業績の改善が賃金の押し上げや下請代金の改善を呼び、そのことが消費や設備投資を押し上げ、それがさらなる企業業績の改善を生むという好循環を作っていくことであり、加えて全体の底上げと再分配を図るために社会保障の強化と所得税や相続税の最高税率の引き上げや最低賃金の引き上げを行っているのです。市場の原理に任せて恩恵がしたたり落ちるのを待つのではなく、政府が事業環境を整備し、賃上げや下請代金の改善を促し、設備投資をかん養し、好循環を作り上げているのです。
格差を論ずる時によく使われる指標はジニ係数と相対的貧困率です。ジニ係数によれば日本の格差は拡大していると言われ、相対的貧困率はOECD中ワースト6と指摘されています。しかし、これもいくつかの問題があります。ジニ係数は再分配前の数値で比較すれば、所得格差の大きい老年世帯や低所得の若者世帯が増加する核家族化が進めば所帯平均収入の差は原数値では広がります。しかし年金給付等の再分配後を比較するとここ数年全く変わっておりません。もちろん非正規雇用若者世帯の拡大には注視をしていかなければなりません。
相対的貧困率については、日本はOECD統計によればOECD中ワースト6と言われますが、このデータは厚労省の約3万世帯サンプル調査に基づくものです。総務省の約6万世帯サンプル調査によればOECDの平均値より低い貧困率を示しています。厚労省の調査は福祉事務所を通じて行い、年収300万円未満の所得層が多いデータとなり、総務省のそれは市町村に委託して行う調査であり、300万円未満の所得層が少なく出ます。真実はその中間辺りにあるということでしょうか。相対的貧困率は100人調査対象があったとすれば、その中央値つまり50番目の所得の人の半分以下の所得の人が全体の何%であるかという比率です。ここでいう中央値とは真ん中の順位の人の所得であり、平均所得とは異なります。
つまり、調査対象が100人いた場合、49番目までが大金持ちで、50番から100番までが横並びに貧乏だとした場合、相対的貧困率は0%となってしまうのです。果実は生み出さなければ分配は出来ない。分配論だけが先行すると平等に貧乏が生まれ、夢や希望のない国となります。チャンスを平等にし、誰もが何度でもチャレンジできる環境を作り、経済のパイを大きくし、その上で適切な再分配機能を図る。これこそが健全な市場経済です。