総 覧
母校慶應義塾大学の三田祭に記念講演の講師として招かれました。控え室で待機をしていると実行委員長が「今年は参加者が列を成しています。例年になく多くの人が集まりました。」 大ホールがほぼ一杯になりましたが、幅広い年齢層の聴衆に拍手で迎えられ、いささか照れながら登壇を致しました。
アベノミクスを出来るだけわかりやすく説明するよう努めました。同級生が10人ほど来ており、講演後に近くのそば屋でミニ同窓会が開かれました。感想を聞いたところ、わかりやすい上に説得力があり、聴衆に明日への希望を抱かせるような素晴らしいものだったと絶賛されました。まっ、友人ですから相当持ち上げてくれたんだと思います。
講演後の場内からの質問は、デフレ対策としての金融緩和政策として、今後日銀への政府関与を強化する法改正をすべきかというものと、小泉元総理の原発即廃止発言への評価はどうかというものでした。
政府と日銀との関係について言えば、日銀の金融政策が政府の経済政策と密接な関係にあるなら、政府の日銀に対する関与をさらに強化するために日銀法を改正せよという主張は国会内でも散見されますが、そもそも、日銀をはじめ各国の中央銀行の独立性を担保するための法律は、過去の経験を踏まえて今日に至ったもので、政府の勝手な都合から通貨の信頼性を守るために生まれたものです。中央銀行が、政府の言いなりになった結果、ハイパーインフレに陥った過去の反省から「政府の言いなりにならない中央銀行」を作るための法律です。ただし、「政府と連携」の必要性はありますので、間合いの取り方が課題です。
さて、小泉元総理の原発即廃止発言は、純粋な気持ちでおっしゃっているとは思いますが、一国の総理を務めた方としては、いささか短絡的ではないでしょうか。フィンランドの様な立派な最終処分場は日本ではとても無理だから原発はやめる、とのご主張ですが、しかし、日本は40年以上原発を稼働しており、その結果、高レベル廃棄物はガラス固化体ベースですでに14000体以上発生しています。これを、十万年間仮設施設で放置しておくわけにはいきません。原発をとめるにせよ、最終処分場は作らなければなりません。合わせて原発停止により急遽稼働させている臨時のガスタービン発電に加え、廃棄予定の火力も再稼働しています。これらの追加燃料代は、年ベースで3兆6千億円に及んでいます。円安も織り込めば、次年度は4兆円にもなろうかと思います。シェールガス革命があろうと、事態が大きく好転することは期待薄です。太陽光発電や、風力発電も天然ガス発電よりはるかに高コストになることを考えれば、国民負担や経済社会負担が及ぼす影響は甚大なものになります。加えて、火力発電で代替しようとすれば、温暖化ガスも大量に発生します。新たな日本の原子力安全基準は、世界一厳しいものになったと言われていますし、それをクリアしない限り再稼働はありません。安全が確認された原発は、利用することが国益に叶うということを、どう国民に理解いただけるかが課題です。
さて、2四半期4%前後の経済成長率を記録した日本経済ですが、7-9月の成長率は年率換算1.9%に落ちました。「アベノミクスに陰り」と、マスコミは報道しましたが、必ずしもそういうわけではありません。輸出が思うように伸びず、消費も伸びが鈍化していますが株価上昇の一服感が消費動向に 影響しているようであり、輸出に関して言えば、タイ国での自動車購入優遇策が期限切れを起こしたのに加え、主要自動車メーカーの生産ラインのいくつかがアメリカに移転した影響です。しかし、ここのところ、株価は一万五千円の壁を突破しましたし、輸出の先行指標といわれる外需の機械受注は好転しています。そろそろ、駆け込み需要が始まることを合わせると、次の四半期の成長率はかなり回復すると思います。
課題は成長戦略の具現化です。プランができ、ツールが揃えば、次は具体的な民間投資が始まることです。産業競争力強化法や、国家戦略特区法等、今国会で審議を頂いている成長戦略関連法案が成立をされれば、成長戦略に対する環境整備は整ってきます。産業競争力強化法で企業の生産性を向上させ、研究開発力を付け、国際競争力を強化し、産業の新陳代謝を進め、さらにそれらがよって立つ産業インフラである情報基盤や、人材基盤を強化していきます。薬事法の改正を通じ、医薬品や医療機器の輸入の超過国から輸出超過国への転換を図ります。そして、国家戦略特区では、それらを含めたいくつかのコンセプトに従って世界に打って出る産業集積を形成していきます。懸案事項であった、農業の産業化も大きく踏み出しました。意欲と能力のある経営者に農地を集約し、一次産業から三次産業までのあらゆるノウハウを投入をし、戦略産業としての農業に変えていく。一律助成から戦略的助成に大転換をしていく決断が政府与党で成されました。もちろん、中山間地域や多面的機能維持については、社会政策としての農業政策も加味されます。耕作面積が日本より狭いオランダが、世界第二位の農産品輸出大国に至った過程を検証し、取り入れていく発想も大切です。担い手に集約し、産学官連携を強化する国家戦略特区をそのモデル地域に出来ればとも考えます。
先週金曜日の政労使会議で、経営側から企業収益を賃金や下請け代金に還元していく意思表明が成されました。企業の収益が上がれば、それが賃金や下請け代金に反映され、それが、消費や投資の拡大を呼び、更なる企業業績に跳ね返る。経済の好循環を醸成する環境が整えば、自律的に景気は拡大していきます。直近の経団連の調査によれば、この冬のボーナスの伸び率はバブル以来の高い伸びとなっています。