オンリーワン武装 〜知財立国を目指す〜

世界一高い賃金、世界一豊かな国でありながら、世界一国際競争力のある国

■リレー討論:日経新聞(平成14年7月14日より)

政府が特許など知的財産権を強く保護し、日本経済の再生を目指す報告書をまとめた。知的財産政策の旗振り役である自民党の甘利明衆院議員は、日本が産業競争力を高めるには知財武装が欠かせず、それには教育や司法を含め総合戦略として取り組む必要があると訴える。

 

政府の知的財産戦略会議 (座長・阿部博之東北大学長) が 「知的財産戦略大綱」 をまとめました。

知財立国の構想は数年前から、議員連盟などをつくって各方面に働きかけてきました。この要請を受ける形で、小泉純一郎首相が今国会施政方針演説で戦略会議の設置を表明、このほど大綱に結びつきました。 議員の中には 「日本はまだ大丈夫」 と楽観視している人も少なくありませんが、産業政策に関係する議員は危機感を共有しています。これまで五十年、欧米から導入した基本特許を改良して国を養ってきたわけですが、こうした改良型経済は限界に来ています。キャッチアップの過程で、賃金は上がり、生活レベルも向上しました。日本経済が高コスト構造となり、競争力が落ちたわけです。そこで高コスト構造の是正という議論が出てきました。大事な視点ですが、行き着くところは賃下げ競争という泥沼であり、われわれはこれを目指すべきではありません。  雁行 (がんこう) 型経済と言われるように、日本はアジアの地域や各国と飛んでいく雁 (かり) が隊列を組むように発展してきました。しかし、これからは単に先頭に立つという意識ではなく、新たな技術を自ら生み出すことが欠かせません。知財で武装しないと、車間距離が狭まり、いずれ追い抜かれるでしょう。日本自身がフロンティアを目指さなければなりません。オンリーワンになり、まねをした人には 「特許使用料を払ってください」 という状況をつくるしかありません。

 

高コスト対策には海外から安い労働力を受け入れる手も。

安易な道ははダメ。石田博英・元労相のやったことで一つ、いいことがあります。かつて経団連 (現日本経団連) が安い単純労働者を受け入れるべきだと政策提言したことがありましたが、最後まで抵抗したのが石田氏でした。どうしても政府がのまないので、産業界は生産性向上に走らざるを得なくなり、今日の成功に結びつきました。

ハードルを高くすれば、がんばるのが日本です。安易な道を選んだ国は、単純労働者の流入で社会問題を抱えています。人件費の切り下げ競争ではなく、高コスト構造のなかでもやっていける国づくりを目指さないといけません。私が労相を努めていたころに失業率が上がりましたが、その時もこの思いを強くしました。後でツケが回るだけです。

 

知財立国はどうすれば実現できますか。

教育を含め、我が国の基本設計図の書き換えが必要でしょう。キャッチアップ経済時代には、ばらつきのない、先生のいうことを暗記する人材の教育が大事でしたが、これからは創造性のある天才育成型に切り替えていくことが必要です。自ら未知の世界に切り込んでいくという心構えを持ってもらわなければなりません。

優れた研究をした者への報酬を手厚くすることも重要です。企業もこの方向での取り組みが進んでいるようです。政府系機関では産業技術総合研究所で特許料収入の四分の一を研究者に還元する動きがあります。これが一つのガイドラインとなり、発明者への還元比率が高まっていくのではないでしょうか。

模倣品対策も欠かせません。海外で模倣品が出回ることを考えれば、知財政策に外交を組み込むべきです。政府は来春「知的財産戦略本部」をつくります。その際、外務省もメンバーに入ってもらうべきです。また、幅広い視野を持つ民間人も登用しなければなりません。

特許裁判の効率化など、司法の取り組みも必要です。この分野は自民党の司法制度調査会長の保岡興治衆院議員が詳しく、調査会の小委員会などを通じて国家戦略として取り組むべきことを学びました。

危機を乗り切るには知的財産の創造、保護、活用、そして再投資による創造という循環の輪をスパイラルのように拡大していかなければなりません。そのために様々な部分を総合的に組み合わせ、エンカレッジ(鼓舞)するのが国の役割です。知財政策は総合戦略なのです。

 

政府の知財戦略大綱はどう評価どう評価しますか。

首相が指示を出し、短期間の間にこうした全体の動きが出てきたことが大きな成果だと思っています。

もちろん不満もあります。例えば、産学連携への取り組みに関する記述が不十分です。これまで大学の研究者は民間と接触と汚れる、といった雰囲気でした。大学研究者は研究ざんまい、それを社会に還元するという意識が希薄でした。政官業の癒着に気をつけろと言う批判は分かりますが、大学が企業との協力にもっとどんどん踏み出していくべきです。

企業秘密保護の点も満足していません。情報窃盗罪の導入が必要ですが、大綱では (経済産業省所管の) 不正競争防止法の改正で対応する方向です。現行の刑法は無体の企業秘密をカバーしていません。インターネット社会ではデジタルコンテンツ (情報の中身) など無体物の価値がハードより高くなります。また中小企業からみると、詳細設計のノウハウ、つまり匠の技をデジタルデータ化した場合、これが外部に簡単に移転してしまうとしたら、大変なことです。

形のない企業秘密を抜本的に保護するためには刑法改正が必要です。しかし、モノを対象にしている刑法の窃盗の概念を変える必要があり、(政府は) これが大変だと考えているようです。やがて情報窃盗罪が世界標準になるでしょうから、不正競争防止法による当面の対応は刑法改正への一里塚と考えるべきです。

 

大綱は税制優遇や予算措置への言及がほとんどありません。

政府は知的創造サイクルの活性化を国家目標にして、知的財産基本法案を国会に提出、来年には戦略本部もつくります。戦略本部が、大綱を二〇〇五年度までに実現するための具体的な戦略計画も作成します。その段階で知財税制などを議論することになるでしょう。

ただ財政再建との調整が欠かせません。財政再建は小泉首相が郵政問題とともに心を砕き、命懸けで陣頭指揮をとる覚悟の分野です。知財の税制措置には、これに伴う税収欠陥をどう埋めるかという議論が必要になります。行革でまず知財税制への原資をひねり出すべきです。ただ短期的にどうしても行革でまかないきれない場合には、「一投じて、三回収する」という発想があっていいようにも思います。

 

※メモ

知的財産戦略大綱は一九七〇年代末に始まった米国のプロパテント (知的財産権保護) 政策を参考に、大学の「象牙の塔」からの脱皮、裁判制度の充実など約五十の政策を盛った。ただ知財専門家の育成や特許審査の充実策などでは抜本的な現状打開策を打ち出せず、「米国との差は開く一方だ」 との批判が出ている。

(聞き手は政治部 三宅伸吾)